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横浜地方裁判所 平成3年(行ウ)15号 判決 1996年3月25日

神奈川県中郡大磯町大磯五九二-五

原告

木下勲宗

右訴訟代理人弁護士

平岩敬一

山本英二

神奈川県平塚市松風町二-三〇

被告

平塚税務署長 近藤恒夫

右指定代理人

新堀敏彦

北川益雄

渡辺進

池上照代

中澤彰

鈴木福夫

松下正人

主文

一  本件訴えのうち、被告が原告に対し、平成元年五月二五日付けでした過少申告加算税の変更決定及び昭和五九年三月一三日付けでした過少申告加算税の賦課決定について、それぞれの取消しを求める部分を却下する。

二  原告が被告に対し、被告が平成元年五月二五日付けでした、原告の昭和五五年度分の所得税に係る更正請求に対する更正のうち、右更正請求に対して、これを拒否した処分の取消しを求める請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  (主位的)

被告が、平成元年五月二五日付けでした原告の昭和五五年度分の所得税に係る更正請求に対する更正のうち、総所得金額三五五〇万九五〇〇円、納付すべき金額二三万四九〇〇円を超える部分及び同日付けでした過少申告加算税の変更決定を取り消す。

二  (予備的)

被告が、原告に対し、昭和五九年三月一三日付けでした昭和五五年度分所得税に係る過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一  原告は、その所有していたウエル株式会社(以下「ウエル」という。)の株式一三六万株を鶴屋商事株式会社(以下「鶴屋商事)という。)に売却し、その譲渡益について雑所得として課税された。ところで、原告は、右株式のうち八〇万株(以下「本件株式」という。)は、ウエルに対してその債権者への担保として提供していたところ、ウエルの経営状態が悪化して担保流れになって、鶴屋商事に引き渡せなくなり、鶴屋商事から売買代金返還訴訟を提起された結果、東京高等裁判所において、本件株式分相当の売買代金を返還し、その分の遅延損害金も支払うという和解が成立したから、その売買代金分の譲渡益はなかったとして、これを雑所得から控除したうえ、更に右和解に基づく右売買代金分及び遅延損害金について、雑所得の課税計算上控除すべき特例に該当するとして減額更正するよう請求した。これに対して被告は、右譲渡益を雑所得から控除することは認めて、その旨の更正をし、これに伴って過少申告加算税を減額する決定をしたものの、右売買代金等を雑所得の課税計算上控除することはしなかった。そこで、原告は、被告がした右更正は、雑所得の課税計算を誤った違法なものであり、また、右過少申告加算税賦課決定も違法であるから、いずれも取り消されるべきである、と主張している。

二  争いのない事実

1  原告は、被告に対し、昭和五五年度分の所得税について、別表1「確定申告」欄記載のとおり確定申告したところ、被告は、昭和五九年三月一三日付けで同表「更正及び賦課決定」欄記載のとおりとする、更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「第一次更正処分等」という。)をした。

2  その後、被告は、原告に対し、昭和六一年分三月一三日付けで別表2記載のとおり再更正及び過少申告加算税の変更決定(以下「第二次更正処分等」という。)をした。

3  次いで、原告は、被告に対し、昭和六三年一二月二六日、別表3「更正の請求」欄記載のとおり更正請求(以下「本件更正請求」という。)したところ、被告は、平成元年五月二五日付けで別表3「再々更正及び再変更決定」欄記載のとおりとする再々更正(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の再変更決定(以下「本件変更決定処分」という。)をした。

4  原告は、被告に対し、平成元年六月二三日、本件更正処分及び本件変更決定処分について、異議申立てをしたが、同年九月二一日、棄却された。そこで、原告は、国税不服審判所長に対し、同年一〇月一三日、審査請求したが、同所長は、平成三年五月二八日、本件更正処分についての審査請求は棄却、本件変更決定処分についての審査請求は却下する旨の裁決をし、裁決書謄本は同年六月三日に原告に送達された。

なお、原告に対する課税処分等の経緯は別表4の記載のとおりである。

5  原告は、鶴屋商事に対し、昭和五五年二月二〇日、所有していたウエルの株式一三六万株を、これに原告が代表者である株式会社流通卸売センター(以下「流通卸センター」という。)所有のウエル株一四万株を加えた同株一五〇万株についての代金を四億九九〇〇万円として譲渡(以下「本件売買」という。)したが、本件株式を引き渡すことができなかった。その後、ウエルは昭和五六年二月五日、破産宣告された。

6  原告は、鶴屋商事から、本件売買に関して、ウエル株の売買契約の解除に基づく未履行分八〇万株の代金相当額として二億六六一三万三三三三円の返還請求訴訟を提起され、一審の東京地方裁判所において同額の支払いを命じられ、控訴審の東京高等裁判所において、昭和六三年一一月二八日、原告が鶴屋商事に対して、同額(以下「本件和解金」という。)及びこれに対する昭和五五年九月三〇日以降の七三八六万六六六七円の遅延損害金(以下「本件遅延損害金」という。)の合計金三億四〇〇〇万円支払う旨の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。

7  原告の昭和五五年分の所得金額の給与所得及び雑所得は、ウエル(株)の損失金及び遅延損害金を除き、別表5順号<1>ないし<12>のとおりである。

三  争点

1  原告の主張

(一) 総論

原告は、昭和五二年三月、ウエル(当時の商号は、株式会社ヨコメリ)に資本参加するため、同社から新株二〇〇万株の割当てを受けたが、その後、ウエルが原告との提携を解消し、鶴屋商事と提携することにしたため、鶴屋商事に対し、昭和五五年二月二〇日、所有していたウエル株一三六万株を売り渡す旨の合意をした。しかし、原告は、鶴屋商事に対し、右一三六万株のうち八〇万株(本件株式)については引渡しをしていなかったところ、次のような事情で、これについての引渡しは履行不能となった。

すなわち、原告は、昭和五四年二月ないし三月ころ、ウエルに対し、所有していたウエル株八〇万株を、ウエルの資金繰りのための担保に提供する目的で預け、ウエルはこれを大阪信用証券株式会社に担保(停止条件付売買又は略式の譲渡担保)として差し入れていたところ、ウエルは被担保債権の弁済期である昭和五五年一〇月に金利の支払いを遅延したため、そのころ右八〇万株について担保権を実行されてしまった。その結果、原告はその所有権を失うに至った。

したがって、原告は、ウエルに対し、本件株式の担保提供者として、その求償権を有していたが、昭和五五年八月ころには、ウエルの経営は悪化して倒産必至の状態にあったため、右求償権の行使は実質的にはできない状況であった。現に、ウエルは、同年一二月に事業継続が困難となり、昭和五六年一月二八日に二回目の手形不渡りを出した後、同年二月五日に破産宣告されたのである。なお、ウエルの破産手続は、昭和六二年一一月、平成二年二月二八日及び平成四年四月七日の各配当期日を経て終結した。

また、本件株式は特定物であるから、原告が、右のとおり、鶴屋商事に対し、ウエル株一三六万株を売却した際、それに伴って、原告のウエルに対するウエル株八〇万株の担保提供者としての地位も鶴屋商事に移転してしまっている。したがって、右担保権が実行された際に、原告がウエルに対して求償権を行使することは法律上不可能であった。なお、原告は、本件株式の売買契約が解除されたことにより遡及的に担保権提供者としての地位が復活し、求償権等を行使し得るようになった。

ところで、原告のウエルに対する求償権の金額は、ウエル株八〇万株の価格が一億一七三五万二〇〇〇円(取得価格一四六・六九円×八〇万株式)であり、原告は、ウエルの破産手続において、債権届け出をはなかったが、仮に、これをしたとすると、ウエルの配当率が四パーセントであったから、計算上は四六九万四〇八〇円(一億一七三五万二〇〇〇円×〇・〇四)の配当を受けることができたと考えられるので、その差額である一億一二六五万七九二〇円(一億一七三五万二〇〇〇円-四六九万四〇八〇円)となる。

(二) 国税通則法二三条二項一号の適用について

国税通則法二三条二項一号によれば、その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は、税額等の計算の基礎たる事実(以下「課税標準等の計算の基礎たる事実」という。)が変化し、それが判決又は和解等で確定した場合には、更正請求できることになっている。

原告は、昭和五五年に本件売買により、ウエル株一三六万株を譲渡したから、その譲渡代金は雑所得となるが、そのうちの八〇万株(本件株式)については、右のとおり、その後、履行不能となったため、それに対応する分の代金については収入がなかったことになる。

ところで、本件和解は、鶴屋商事から原告に対し、本件株式の売買代金に相当する二億六六一三万三三三三円の返還請求を認容した一審判決を前提として、原告が鶴屋商事に対し、売買代金の返還債務として同額(なお、前述のとおり、右一三六万株を含むウエル株一五〇万株を代金四億九九〇〇万円とする売買の合意がされた。したがって、本件株式の代金相当額は、二億六六一三万三三三三円(四億九九〇〇万円÷一五〇万円×八〇万株)となり、これに本件遅延損害金七三八六万六六六七円を加算したものが本件和解金三億四〇〇〇万円となる。)を支払うことを内容とするものである。

そして、本件株式が担保流れとなったことは、その譲渡があったと同視することができるから、原告のウエルに対する求償権の行使が不可能になったことは、原告のウエルに対する本件株式の譲渡代金の回収が不可能になったということである。

そうすると、本件和解は、原告の鶴屋商事に対するウエル株八〇万株(本件株式)の売買契約が解除され、その分の譲渡代金を返還すること及び原告のウエルに対する本件株式の譲渡代金の回収が不可能となったことを確定する内容であるということになる。

したがって、本件においては、鶴屋商事に対するウエル株一三六万株のうち、八〇万株分の売買代金の収入がなくなり、しかもウエルに対して提供した本件株式が担保流れとなって、その譲渡代金に相当する分の回収ができなくなったことになるから、課税標準等の計算の基礎たる事実が変化したことが和解で確定した場合に該当することになる。

なお、国税通則法二三条二項一号所定の判決又は和解は、課税標準等の計算の基礎たる事実を既判力を有する訴訟物とするものに限定しているわけではなく、右事実についての私人間の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決又は起訴前の和解をも含むと解してよいから、本件和解では損失額(原告主張の求償債権の回収不能額)の存在については触れられていないとしても、同号が適用されるべきである。

(三) 所得税法六四条一項の適用について

所得税法六四条一項は、各種所得の金額のうち、不動産所得等を除いて、その収入金額で回収することができなくなったものが生じた場合には、回収不能に係る部分の所得については、当該各種所得の金額の計算上なかったものとみなすと規定しており、右(一)、(二)のとおり、原告がウエルに対して提供した本件株式が担保流れになったことは、本件株式を譲渡したが、その譲渡代金の回収が不能となったことになるから、本件は、同項に規定する資産譲渡代金の回収が不可能になった場合等の所得計算の特例における、雑所得の金額計算の基礎となる収入金額を回収できなかった場合に該当する。したがって、本件においては、本件株式に相当するウエル株式の代金の減少分一億一二六五万七九二〇円は、昭和五五年分の雑所得の金額計算上なかったこととしなければならない。

(四) 所得税法六四条二項の適用について

所得税法六四条二項は、保証債務を履行するために資産譲渡があった場合には、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使することができなくなった金額を当該所得の計算上なかったものとみなすと規定しており、同項は、文理上は保証人だけが対象となっているが、自己の出捐をもって他人を免責させることによって他人に対し求償権を生ずる場合にも広く適用されるべきであり、所得税基本通達六四‐四もこうした立場から定められている。ところで、本件においては、右(一)、(二)のとおり、本件株式が担保流れとなり、しかも求償権の行使ができなくなっているから、同項に該当すると解すべきであり、右一億一二六五万七九二〇円は、昭和五五年度分の雑所得の金額計算上なかったこととしなければならない。

(五) 所得税法五一条二項、同法施行令一四一条二項の適用について

所得税法五一条二項は、所定の事業の遂行上生じた売掛金等の債権の貸倒損失等を必要経費に算入することを定めているが、同法施行令一四一条二項は、これを保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができない場合にも適用する、と規定している。

ところで、原告は、流通卸センターの株式の大半を所有していたところ、流通卸センターの販売商品である紳士服等の仕入れを安定させるため、株式会社ヨコメリ(ウエル)と提携し、次いでウエルの資金繰りのために、ウエルに対してウエル株を担保提供したのであるから、これは、原告がオーナーである法人(流通卸センター)の利益を目的として行った行為ということになる。また、本件で問題となっている雑所得は、すべて株式譲渡に係わる所得であるところ、昭和五五年当時は、有価証券の譲渡による所得は原則として非課税であり、継続的取引の場合は例外として課税されたものの、売買した株式数又は口数の合計が二〇万株以上となる本件のような場合は継続的取引とみなされた(所得税法九条一項一一号、同法施行令二六条一項、二項、二号)から、原告の株式譲渡は、課税上、雑所得が生じる継続的取引とみなされていた。したがって、ウエルに担保提供したウエル株が担保権を実行され、その求償権の行使も不可能となった以上、所得税法五一条二項、同法施行令一四一条二項所定の事業の遂行上生じた保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないことに当たると類推解釈し、右求償権の行使が不可能となった右一億一二六五万七九二〇円は、必要経費として算入すべきである。

(六) 所得税法五一条四項の適用について

所得税法五一条四項は、資産損失の必要経費の算入について雑所得を生ずべき業務の用に供される資産が損失した場合、その損失金額は必要経費になると規定している。ところで、昭和五五年当時、原告の株式譲渡は、右(五)のとおり、雑所得が生ずる継続的取引とみなされていたから、本件株式は、原告にとって株式譲渡という業務の用に供され、雑所得の元になる資産であり、しかも、本件においては、本件株式の担保流れと求償権の行使不能により右資産が損失したことになる。したがって、本件株式が担保流れとなったことは、同項に規定する、資産損失の必要経費の算入について雑所得を生ずべき業務の用に供される資産の損失の場合に該当し、求償権の行使が不可能となった右一億一二六五万七九二〇円は、資産の損失金額として昭和五五年分の雑所得の金額計算上は必要経費として算入され、控除されるべきである。

(七) 所得税法三七条一項の適用について

所得税法三七条一項は、雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額について、総収入金額を得るために直接要した費用の額及び雑所得を生ずべき業務について生じた費用と規定しており、本件遅延損害金七三八六万六六六七円は、これに該当するから、雑所得の計算上は、これも必要経費として控除すべきである。

(八) まとめ

以上によれば、本件更正処分は、

(1) 本件売買の代金は、四億五二四一万七六〇〇円(四億九九〇〇万円÷一五〇万株=三三二・六六円。三三二・六六円×一三六万株=四億五二四一万七六〇〇円)であるが、本件和解により本件株式(八〇万株)の代金に相当する二億六六一三万三三三三円は鶴屋商事に返還することとなったから、一三六万株から右八〇万株を控除したウエル株五六万株の売却代金は一億八六二八万四二六七円となる。

(2) ところで、ウエル株五六万株の譲渡原価は八八九四万一〇九四円(一四九・六九円×五六万株+譲渡経費)であるから、ウエル株五六万株の売却益は九七三四万三一七三円となる。

(3) ウエル株五六万株の右売却益に、別表5の他の雑所得分(東洋端子株式会社(以下「東洋端子」という。)の株式の売却益五五五六万〇四六〇円、にっかつ株式会社(以下「にっかつ」という。)の株式の売却益九五三万五一七三円)を加算したものが、原告の昭和五五年分の雑所得となる。

(4) しかし、前記のとおり、これから、ウエル株の損失金一億一二六五万七九二〇円及び本件遅延損害金七三八六万六六六七円を控除すべきであるから、これを計算するとマイナス二四〇八万五七八一円となる。これは、別表5(原告の昭和五五年分の所得金額の内訳)の原告主張の額欄(順号<15>)記載のとおりである。

(5) したがって、原告の昭和五五年分の雑所得は零円となる。

本件においては、このようになるべきであるのに、前記のとおり、被告は、本件更正請求に対する本件更正処分において、原告の昭和五五年分の雑所得を一億六二四三万八八〇六円とし、これに給与所得三五五〇万九五〇〇円を合計した一億九七九四万八三〇六円をもって同年分の原告の総所得金額であるとしているから、違法であり、これに伴って、過少申告加算税の賦課変更決定も違法となる。

(6) たとえ、本件変更決定処分の取消しを求める訴え部分が被告の主張(後記「2被告の主張・(一)本案前の主張」)するように、訴えの利益がないとしても、右のとおり、本件和解によって、本件株式の売買契約が解除されれば、その効果は遡及するから、第一次更正処分は根拠がなくなり違法となる。したがって、被告が、原告に対し、昭和五九年三月一三日付けでした昭和五五年度分所得税に係る過少申告加算税の賦課決定も、その処分の根拠を失い違法となる。

2  被告の主張

(一) 本案前の主張

本件訴えのうち、本件変更決定処分の取消しを求める部分及び昭和五九年三月一三日付けの賦課決定の取消しを求める部分は、いずれも訴えの利益がない。

被告は、昭和五九年三月一三日付けで原告の昭和五五年分の所得税につき第一次更正処分をし、過少申告加算税の額を八二九万八三〇〇円とする賦課決定を行ったところ、原告は被告に対し、昭和五九年四月一四日付けで、第一次更正処分に対して、総所得金額は一億四八七〇万九五〇〇円が正当である旨の異議申立てを行い、被告は、同年七月一〇日付けで右異議申立てを棄却する旨の決定をした。原告は、昭和五九年九月一八日、国税不服審判所長に対し、審査請求し、同所長は、同年一二月三日付けで右審査請求は期限を徒過してされた不敵法なものであるとして、これを却下する旨の裁決をした。しかし、原告は、右審査請求を受けた後の更正処分について取消訴訟を提起しなかったから、過少申告加算税の賦課決定については、不服申立期間の徒過により争うことができない状態になった。

また、本件決定処分は、被告が昭和五九年三月一三日付けで行った昭和五五年分所得税についての過少申告加算税の賦課変更決定処分により確定した税額(ただし、昭和六一年三月一三日付けの過少申告加算税の変更決定処分後の金額)を減少させるものであり、これは、原告が納付すべきものとされていた税額のうち、減少する部分についてのみ効力を有するものであって、加算税額を減額するという原告にとって有利な効果をもたらすものにすぎないから、原告に対して何らの権利又は利益を侵害するものではない。

したがって、昭和五九年三月一三日付け過少申告加算税の賦課決定及び本件変更決定処分について、その取消しを求める部分は訴えの利益を欠き、と不適法である。

(二) 本案についての主張

(1) 原告の昭和五五年分の所得金額は別表5の「第三次更正処分」欄記載のとおりである。

すなわち、本件更正処分は、

<1> 前記ウエル株一五〇万株(原告所有は一三六万株)を代金四億九九〇〇万円で売り渡すという売買契約は、本件和解によって、うち八〇万株について契約解除されたことが確定し、それに対応する売買代金二億六六一三万三三三三円を返還することとなったのは、国税通則法二三条二項一号の事由が生じたことに該当する。そこで、ウエル株一三六万株の売買代金四億五二四一万七六〇〇円から本件和解により鶴屋商事に返還する二億六六一三万三三三三円を控除した一億八六二八万四二六七円が、残りの五六万株の売却代金となり、これから譲渡原価八八九四万一〇九四円(一四六・六九円×五六万株+六七九万四六九四円(譲渡経費))を控除した九七三四万三一七三円がウエル株五六万株の売却益となる。

<2> これに、東洋端子の株式の売却益五五五六万〇四六〇円及びにっかつの株式の売却益九五三万五一七三円を加算すると、一億六二四三万八八〇六円となる。

<3> 右の一億六二四三万八八〇六円が原告の昭和五五年分の雑所得であり、これに給与所得三五五〇万九五〇〇円を合計した一億九七九四万八三〇六円が同年分の原告の総所得金額である。

<4> また、右の結果、昭和六一年三月一三日にした更正処分により確定した所得税の額が過大となったため、本件更正処分及び本件変更決定処分をしたのである。

なお、昭和五五年分の所得税に係る加算税の賦課変更決定処分は、国税通則法七〇条により、昭和六一年三月一七日以後には賦課決定できないとされているが、同法七一条一号には、更正請求に基づく更正に伴って課税標準等又は税額等に異動を生ずべき国税(当該更正に係る国税の属する税目に限る。)で、当該更正を受けた者に対する更正若しくは決定又は賦課決定については、当該更正があった日から六月間することができる旨の更正、決定等の期間制限の特例が設けられており、本件変更決定処分は、原告からの更正請求に基づいてされた右所得税の減額更正処分に伴いされている。

(2) 事実関係について

原告の主張は、原告がウエルに対して本件株式を担保提供し、ウエルがこれをその債権者に担保に供した、ということを前提にしているところ、そのような事実はそもそも存在しないから、本件請求はその前提を欠き失当である。

(3) 国税通則法二三条の適用について

<1> 国税通則法二三条は、更正請求について定めた規定であるが、国税通則法二三条二項各号は、納税者が課税当時若しくはその後の同条一項の期間内にも適切な権利の主張ができなかったような後発的な事由により、当初の課税が実体的に不当となった場合に、納税者からその是正を請求できる道を認めたものと解され、同条一項の適用を前提にその特例を定めたものである。

<2> そして、国税通則法二三条二項一号は、「判決、和解によりその事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定した」ことを要件としており、和解により旧事実と異なる内容の新事実が確定したことを要するところ、原告主張の損失の存在は、一審判決では触れられておらず、かつ本件和解条項にも挙げられていないうえ、一審判決及び本件和解に係る訴えは、原告と鶴屋商事間のものにすぎず、原告主張の「原告のウエルに対する本件株式の担保提供と担保権の実行」に係るものではない。それゆえ、一審判決及び本件和解により訴訟物でもない原告主張の右事実が確定するはずはないから、右要件を充足しない。したがって、仮に本件において原告が主張するような事実があるとすれば、それは、国税通則法二三条一項の適用を前提とすべきである。

なお、同条二項は、当初の課税関係の前提となる事実にとどまらず、更にその後に確定した事実までも当初の課税関係に関連させて是正すべきであることまで予定したものではない。

本件の場合、本件売買(契約)により原告の鶴屋商事に対する債権(売買代金債権)及び債務(株式引渡債務)関係が発生し、これを基礎として課税関係が発生していたところ、和解により原告の右債権債務関係が消滅した結果、右課税関係を是正すべきこととなったため、本件更正処分が行われたものである。しかし、本件遅延損害金は、本件売買により生じた債務ではなく、本件和解により新たに生じた債務であり、右当初の課税関係を是正すべき要素となるものではない。

(4) 所得税法六四条一項について

所得税法六四条一項は、その年分の各種所得の金額の計算の基礎となる収入金額又は総収入金額の全部又は一部を回収することができないこととなった場合において、その回収することができなくなった金額は当該各種所得の金額の計算上なかったものと規定し、同法一五二条は、後続の年分において右回収不能の金額が生じた場合に更正の請求を認めるものである。しかし、原告が本件株式を無償でウエルに提供した行為は、せいぜいウエルが何らかの形で本件株式を担保として利用することを承知のうえで、これを預けたもので、本件株式についての具体的な担保権設定契約には当たらず、消費貸借又は消費寄託と解されるから、原告はウエルに対して株券返還請求権又はこれに代わる価額の償還請求権を有する。そうすると、ウエルが設定した担保権が実行されたとしても、そのことから本件株式の譲渡による収入金額が生ずるものではなく、原告において収入金額の回収不能ということもあり得ない。したがって、そもそも所得税法六四条一項の適用はない。

(5) 所得税法六四条二項について

所得税法六四条二項は、保証債務を履行するため譲渡所得の基因となる資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった金額に対応する部分の金額を譲渡所得の金額の計算上なかったものとみなすと規定し、同法一五二条は後続の年分において、右求償権の行使不能の金額が生じた場合に更正の請求を認めるものである。

ところが、仮に本件株式が担保流れとなったとしても、原告のウエルに対する本件株式の担保提供行為というのは、前述のとおり、消費貸借又は消費寄託と解されるから、原告は、ウエルに対して、株券の返還請求権若しくはこれに代わる価額の返還請求権を有することになり、原告が本件株式の担保流れの結果、求償権を取得することはない。

仮に、原告が右求償権を取得したとしても、所得税法一五二条の規定によると、同法六四条二項を根拠とする更正請求のできる期間は、保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった事実が生じた日の翌日から二月以内であり、原告の主張によると、保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった事実は、本件和解に係る係争の帰趨にかかわらず、昭和五五年中に生じたことになるから、原告の更正請求は、期限を徒過した不適法なものということになる。

また、たとえ、それが適法であるとしても、国税通則法二三条二項一号及び所得税法六四条二項の適用を主張するのであれば、原告は、担保提供の形態を明らかにしたうえ、それが質権設定契約であれば、物上保証人として質権者を特定し、しかも被担保債権の内容及び質物引渡しの事実を具体的に主張立証すべきであるが、本件では、それがされていない。

更に、仮に後記被告に対する反論で、原告が主張するように、前記求償権の行使が不能であるとしても、原告において求償権を行使することができないこととなった金額は、所得税法施行令一八〇条二項により、求償権を行使することができないこととなった金額がなかったものとして計算した譲渡所得を限度として控除されるにすぎない。本件では、仮にこれを控除すると所得税法三三条三項に規定する譲渡所得は零となる原告の昭和五五年分譲渡所得が全体でマイナスとなることはないから、同法六九条に規定する損益通算の方法によっても、原告主張のように求償権を行使することができないこととなった金額に相当する金額を雑所得の金額から控除する余地はない。

(6) 所得税法五一条二項について

所得税法五一条二項は、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業について、その事業の遂行上生じた損失について、これを必要経費とすると規定しているところ、明文上雑所得に係る必要経費には適用されない。

また、原告主張の行為が広義の事業に該当するとしても、原告の主張する事業は、原告とは別人格である流通卸センターの経営のことであり、原告は、係争年度において、所得税法に規定する事業所得を生ずべき事業は行っていないから、ウエルに対する保証債務の求償権の行使が不能であっても、所得税法五一条二項の適用はない。

(7) 所得税法五一条四項について

所得税法五一条四項は、雑所得を生ずべき業務の用に供され、又は雑所得の基因となる資産の損失がある場合、右資産の損失の額をその損失の額の生じた日の属する年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入すると規定しているところ、本件において、原告が本件株式を無償でウエルに提供した行為と、原告が鶴屋商事に譲渡した一三六万株を引き渡す行為とは別個の無関係なものであり、しかも、無償での株式の提供行為は経済的合理性に基づかない消費貸借又は消費寄託と解されるから、これをもって雑所得を生ずべき業務に係るものということはできない。

ウエル株は、昭和五六年二月二七日(手形不渡となり、銀行取引が停止され、東京証券市場二部での取引が停止となった日)の前日までは、市場で流通していたから、昭和五五年末において、原告には、ウエル株の価格下落による損失はなく、しかも原告はウエルから本件株式の代わりに市場から調達した株式で返還を受けることも可能であったのであるから、昭和五五年中には原告に損失は生じていない。

(8) 所得税法三七条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)について

右所得税法三七条一項は、その年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、総収入金額に係る売上原価その他総収入金額を得るために直接要した額及び雑所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く)の額とする旨規定しているが、本件遅延損害金は、原告が鶴屋商事に譲渡したウエル株五六万株(一三六万株から八〇万株を控除したもの)の譲渡に直接要した費用でなく、本件和解(昭和六三年一一月二八日成立)により新たに生じた債務であることは明らかであるから、本件和解により、支払うべき遅延損害金が七三八六万六六六七円であったとしても、これは右の必要経費ではないから、控除されることはない。

また、本件遅延損害金は、本件和解の成立した昭和六三年一一月二八日において支払い義務が確定したのであるから、所得税法三七条一項に該当せず、昭和五五年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。

3  被告の主張に対する原告の反論

(一) 本件変更決定処分の取消しの訴えの利益について

本件変更決定処分は、後発的事由により課税標準等が変動し、それに伴って過大になった過少申告加算税を変更したものであるが、右後発的事由により課税標準が減額されるべきであるのに、それが不十分であった場合には、それに伴う過少申告加算税の変更決定処分の減額も不十分となるから、これが実質的に納税者に不利益な処分であることは明らかである。

なお、被告は、平成元年九月二一日付けの異議決定書において、不服申立ての利益等についてまったく触れていないから、本件訴訟において、訴えの利益の主張をするのは信義則上許されない。

(二) 本件更正請求の出訴期間について

本件更正請求は、本件和解成立日である昭和六三年一一月二八日の翌日から二月以内である同年一二月二六日にされているところ、所得税法一五二条、六四条の更正請求の期間は、本件株式についてウエルに対する求償権の行使が不能となった時期を、本件売買の解除の効力が公に認められ、遡って原告が本件株式の所有者となり、求償権の行使が可能となった本件和解日を起算日とすべきである。

(三) 所得税法三七条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)について

本件株式は、昭和五四年ころ担保提供されており、昭和五五年にはウエルは事実上倒産していたのであり、しかも、八〇万株の売却益を昭和五五年分の雑所得の金額から減額されることが認められる以上、その経費についても、昭和五五年に遡及して認められるべきである。債務確定主義という原則も、例外を認めないものではなく、所得税基本通達三七-二の二においても形式的債務確定主義の弊害を是正した取扱いをしており、本件においても同様に本件遅延損害金を昭和五五年の必要経費として認めるべきである。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実、甲一、二号証、四、五号証(ただし、甲五号証の書込み部分を除く。)、八ないし一三号証、乙一号証の一ないし七、二ないし四号証、六号証、七号証の一、二、八号証(鶴屋商事作成部分の成立は弁論の全趣旨により認める。)、九号証の一ないし四、一一ないし四五号証(一六ないし一八号証、二二、二三号証、二五ないし四一号証、四三ないし四五号証の成立は弁論の全趣旨により認める。)四六号証の一、二、証人小林寿夫の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件和解から本件更正処分に至る経緯等について、次のとおり認められる。

(本件和解に至る経緯)

1 ウエルは、繊維製品等の製造加工・販売等を目的とする東京証券市場二部上場の株式会社であったが、昭和五二年当時(当時の商号は、株式会社ヨコメリ。昭和五四年一〇月にウエル株式会社に商号変更)、多額の累積赤字を有して無配当状態であったため、他から資金援助を受けて立直しを図ろうとしていた。一方、原告は、紳士服の既製品の製造加工・販売等を目的とする、流通卸センターのオーナーで、かつ代表者であったが、上場して証券市場から資金調達をして事業を拡大することを考えていた。そこで両者の思惑は合致し、事業提携することとなり、その結果、ウエルは流通卸センターに対して紳士既製服を売って業績を上げ、流通卸センターはこれにより仕入れ先を安定させたうえ、二部上場のウエルを通じて資金調達を図ることとした。そして、原告及び流通卸センターは、ウエルへの資金参加のために、同社から新株の割当てを受け、また、原告は、ウエルとの提携後、その代表取締役に就任した。

2 ところで、ウエルは、右提携後、しばらくの間は、業績を上げることができたが、昭和五三年末ころから、流通卸センターの業績が悪化したため、これに伴って業績が落ち込み、原告は、ウエルの経営から手を引くことにした。そして、右提携を勧めた小林寿夫が新たにその代表取締役に就任した。小林寿夫は、ウエルの提携先として流通卸センター以外の会社を探していたが、昭和五四年一二月ころ、鶴屋商事の代表者である西垣亮にウエルとの提携を要請したところ、西垣亮がこれを受け入れたため、原告及び流通卸センターウエルとの提携を解消することにした。そこで、原告及び流通卸センターは、その所有するウエル株全部を鶴屋商事に譲渡することにし、昭和五五年二月二〇日、本件売買がされた。

3 ところで、原告及び流通卸センターは、右提携後、ウエルが資金繰りに窮していたため、昭和五四年二月ころ、その所有するウエル株(なお、当時は株式会社ヨコメリの株式であった。)をウエルの資金繰りのためにウエルに貸し渡した。原告らは、それらがウエルへの融資のための担保に供されることは承知していたものの、ウエルとの間において、株式を預かったことを証する書面を作成しただけで、それ以上具体的な内容の契約書等を作成することなく、しかも担保提供料等も受領しなかった。

4 ウエルは、右原告らから提供されたウエル株を大阪証券信用株式会社等に担保のために差し入れていたため、原告及び流通卸センターが本件売買により鶴屋商事に対して売り渡したウエル株については、事実上、ウエルが、順次担保権者からその株券を受け戻して鶴屋商事に引き渡していた。しかし、原告所有であったウエル株八〇万株(本件株式)は、昭和五五年一〇月ころ、既に担保流れとなってしまっていたため、当時、鶴屋商事はこれを受け取ることができなかった。

原告は、本件売買の売主として、本件株式の株券を右担保権者から受け戻して買主の鶴屋商事に引き渡すべき義務を負っていたが、ウエルは、昭和五六年二月五日、破産宣告され、ウエルの破産手続は、昭和六二年一一月、平成二年二月二八日及び平成四年四月七日の各配当期日を経て終結したため、結局、鶴屋商事は本件株式の株券を受け取ることができなかった。

そこで、鶴屋商事は、原告に対し、昭和五六年一一月一一日、本件売買を解除したなどとして、未履行分八〇万株の代金相当額二億六六一三万三三三三円の返還及び本件売買代金受領日の後である昭和五五年九月三〇日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払い等を求める訴訟を提起し、一審の東京地方裁判所において、右解除の主張が認められ、右請求額の支払いを命じる旨の判決(乙一号証の三)を得た。

その後、その控訴審の東京高等裁判所において、原告及び鶴屋商事間で、昭和六三年一一月二八日、原告が鶴屋商事に対して同額(本件和解金)及び七三八六万六六六七円の遅延損害金(本件遅延損害金)の合計金三億四〇〇〇万円を支払う旨の和解(本件和解)(乙一号証の二)が成立した。

(本件更正処分に至る経緯)

5 ところで、原告は、昭和五五年度分の所得税について、別表1「確定申告」欄記載のとおり確定申告したが、被告から、昭和五九年三月一三日付けで同表「更正及び賦課決定」欄記載のとおりとする、第一次更正処分等を受けたため、被告に対し、昭和五九年四月四日付けで、第一次更正処分について、総所得額は一億四八七〇万九五〇〇円が正当である旨の異議申立てを行ったが、被告から同年七月一〇日付けで右異議申立てを棄却する旨の決定を受けた。そこで、原告は、国税不服審判所長に対し、昭和五九年九月一八日、審査請求したが、同所長から、同年一二月三日付けで右審査請求は期限を徒過してされた不適法なものであるとして、これを却下する旨の裁決を受けた。なお、原告は、右審査請求を受けた後、第一次更正処分について取消訴訟を提起しなかった。

6 その後、原告は、被告から、昭和六一年三月一三日付けで別表2記載のとおり第二次更正処分等を受けたが、昭和六三年一二月二六日、本件和解が成立し、本件株式の売買がなかったことになった結果、その代金二億六六一三万三三三三円及び遅延損害金七三八六万六六六七円の合計三億四〇〇〇万円について、第二次更正処分後の所得の要因が消滅したことになるとして、昭和五五年の株式売却益に係る雑所得三億〇一五一万二九五九円の取消しとその過少申告加算税の賦課決定の取消しを求め、別表3「更正の請求」欄記載のとおり更正請求(本件更正請求)した。

これに対して被告は、原告の昭和五五年分の雑所得について、本件売買については、本件和解によって、本件株式分について契約が解除されたことが確定し、それに対応する売買代金二億六六一三万三三三三円を返還することとなったのは、国税通則法二三条二項一号の事由が生じたことに該当するとして、ウエル株一三六万株の売買代金四億五二四一万七六〇〇円から返還和解により鶴屋商事に本館する二億六六一三万三三三三円を控除した一億八六二八万四二六七円が、残りの五六万株の売却代金となり、これから譲渡原価八八九四万一〇九四円(一四六・六九円×五六万株+六七九万四六九四円(譲渡経費))を控除した九七三四万三一七三円がウエル株五六万株の売却益となるから、これに、東洋端子の株式の売却益五五五六万〇四六〇円及びにっかつの株式の売却益九五三万五一七三円を加算すると一億六二四三万八八〇六円となり、これが原告の昭和五五年度の雑所得であり、これに給与所得三五五〇万九五〇〇円を合計した一億九七九四万八三〇六円が同年度の原告の総所得額であるとした(別表5「第三次更正処分」欄記載のとおり)。

そして、被告は、右の結果、昭和六一年三月一三日にした別表2「更正・変更決定」欄記載の納付すべき税額等が過大となったため、平成元年五月二五日、別表3「再々更正及び再変更決定」欄記載のとおり本件更正処分及び本件変更決定処分をした。

なお、被告は、昭和五五年分の所得税に係る過少申告加算税の賦課決定処分は、国税通則法七〇条により、本来、昭和六一年三月一七日以後にはできないが、同法七一条一号には、更正請求に基づく更正に伴って課税標準等又は税額等に異動を生ずべき国税(当該更正に係る国税の属する税目に限る。)で、当該更正を受けた者に対する更正若しくは決定又は賦課決定については、当該更正があった日から六月間することができる旨の更正、決定等の期間制限の特例が設けられているとして、原告からの更正請求に基づいてされた右所得税の減額変更に伴って本件変更決定処分をした。

7 原告は、本件更正処分及び本件変更決定処分について、平成元年六月二三日に異議申立てをしたが、同年九月二一日、棄却され、同年一〇月一三日、審査請求したものの、国税不服審判所長から、平成三年五月二八日、本件更正処分についての審査請求を棄却、本件変更決定処分についての審査請求を却下する旨の裁決を受けた。

なお、以上の原告に対する課税処分等の経緯は別表4記載のとおりである。

二  ところで、本件訴えのうち、本件変更決定処分の取消しを求める部分及び昭和五九年三月一三日付け過少申告加算税の賦課決定の取消しを求める部分(予備的請求)は、いずれも訴えの利益がないというべきである。

すなわち、前期一・5によれば、昭和五九年三月一三日付け過少申告加算税の賦課決定については、原告は、国税不服審判所長の裁決について取消訴訟を提起しなかったから、その不服申立期間は徒過して、右賦課決定は既に争うことができない状態になっている。

また、本件変更決定処分は、被告が昭和五九年三月一三日付けで行った昭和五五年度分所得税についての過少申告加算税の賦課決定により確定した税額(ただし、昭和六一年三月一三日付けの過少申告加算税の変更決定により減額された後の金額)を減少させるものである。これは、原告が納付すべきものとされていた税額のうち、減少する部分についてのみ効力を有するものであって、過少申告加算税額を減額するという原告に有利な効果をもたらすものにすぎない。したがって、何ら原告の権利又は利益を侵害するものとはいえない。

右によれば、本件訴えのうち、昭和五九年三月一三日付け過少申告加算税の賦課決定及び本件変更決定処分について、その取消しを求める部分は訴えの利益を欠くことになるから、不適法である。

なお、原告は、被告は平成元年六月二三日の原告の異議申立てに対して、同年九月二一日、過少申告加算税の賦課決定に関する訴えの利益の点について触れることなく、これを棄却したから、本件訴訟において、その訴えの利益がないと主張するのは信義則に反するというが、訴えの利益の有無は当事者の主張のいかんにかかわらず検討判断するべきものであるから、理由がない。

三  次に、前期一の認定によれば本件更正請求に対して、被告がした本件更正処分には、本件和解により減少することとなった原告の昭和五五年分の雑所得一億三九〇七万四一五三円(三億〇一五一万二九五九円-一億六二四三万八八〇六円)について、原告の請求を認めた減額更正部分と、ウエルが破産宣告されたことなどで回収不能となったという一億一二六五万七九二〇円(前期原告の主張(一)参照)について、原告の請求を認めなかった、本件更正請求には更正すべき理由がないとの通知部分(以下「本件拒否処分」という。)とが含まれていることになる。

ところで、原告が本件において取消しを求めるのは、本件更正処分が右回収不能額を雑所得の課税計算上控除すべきであるのに、これをしないのは違法であるという主張に基づくものであるから、原告は、結局のところ、本件拒否処分の取消しを求めているものと解される(なお、本件更正処分は、第一次更正処分を減額するもので、その一部を取り消す処分であるから、本件更正処分自体の取消しを求める訴えは、訴えの利益がないことになる。そこで、原告の本件請求(ただし、前述のとおり、過少申告加算税の賦課決定の取消しを求める部分を除く。)は、第一次更正処分を対象とするのでない限り、訴えの利益を欠くことになるが、第一次更正処分は、前記二のとおり、不服申立期間を徒過しており、その取消しを求めることはできない。)

そうすると、前記原告の請求の趣旨は、この点必ずしも明確とはいえないが(この場合の請求の趣旨としては、「被告が、平成元年五月二五日付けでした原告の昭和五五年度分の所得税に係る更正のうち、更正請求に対する拒否処分を取り消す」ということが考えられる。)、その趣旨を含むものと解されるので、以下、本件拒否処分の当否について判断する。

1  原告は、本件更正請求は国税通則法二三条二項一号に基づくものである、と主張する。

しかし、国税通則法二三条二項は、納税者が課税当時若しくはその後の同条一項の期間内にも適切な権利の主張ができなかったような後発的事由により、当初の課税が実体的に不当となった場合に、納税者からその是正を請求できる道を認めたものであり、いったん適法に成立した課税関係について、その後の後発的な時事情により、その課税の前提となった経済的成果の基となる私法上の事実関係に変動が生じた場合、納税者を救済するために、変動後の事実関係に適合させるために納税者からの更正請求を認めた制度である。したがって、同条二項は、同条一項各号の更正請求ができる事由に該当する事由のうち、特定の事由について、原則一年という更正請求の期限について、特例を設けたものであり、その前提として、同条一項各号の更正請求ができる事由に該当する事由が存在しなければならない。しかし、この点について、原告の主張がない。

2  なお、国税通則法二三条二項一号は、「判決、和解によりその事実が当該計算の基礎としたところ異なることが確定した」ことを要件としており、この判決又は和解とは、申告等に係る課税標準等の計算の基礎たる事実についての私法行為又は行政行為に関する紛争の解決を目的とする民事事件のそれをいうと解される。そして、前記認定の事実によれば、本件和解は、原告と鶴屋商事との本件売買に関する紛争解決を目的とする民事事件のそれであるが、原告が本件において主張する、原告とウエルとの本件株式の担保提供行為は、右民事事件が解決しようとする紛争そのものではない。

しかも、国税通則法二三条二項一号が適用されるには、和解により旧事実と異なる内容の新事実が確定したことを要するところ、本件株式の担保提供行為については、一審判決では触れられておらず(乙一号証の三)、また、本件和解条項にも挙げられていない(乙一号証の二)から、原告主張の事実が本件和解により確定することはない。

したがって、本件和解が、原告とウエルとの紛争の解決をも目的としたものとしてする原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく、採用することができない。

3  右2の点はしばらく置くとしても、原告の主張は、以下のとおり、いずれも理由がない。

(一) 国税通則法二三条二項各号の規定の趣旨は、前記のとおりであるから、当初の課税関係の前提となる事実のほか、その後に確定した事実までも当初の課税関係に関連させて後発的に是正すべきことまでを予定したものではない。

ところで、本件の場合、本件売買により原告の鶴屋商事に対する売買代金債権及び株式引渡債務が発生し、これを基礎として課税関係が発生していたのであり、それが本件和解により原告の右債権債務関係が消滅し、その課税関係を是正すべきこととなり、被告は本件更正処分を行ったのである。したがって、本件遅延損害金は、本件売買契約により生じた債務ではなく、本件和解により新たに生じた債務であり、当初の課税関係を是正すべき要素となるものではないことは明らかである。

(二) 所得税法六四条一項は、その年分の各種所得(不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に係る所得を除く。)の金額の計算の基礎となる収入金額は又は総収入金額の全部又は一部を回収することができないこととなった場合において、その回収不能に係る部分の金額は当該各種所得の金額の計算上なかったものと規定し、同法一五二条は、後続の年分において右回収不能の金額が生じた場合に更正の請求を認めるものである。

しかし、前記認定のとおり、原告は本件株式を無償でウエルに提供しているから、その提供行為は、不特定物たる株式の消費貸借又は消費寄託と解され、原告はウエルに対して株券返還請求権又はこれに代わる価額の償還請求権を有することになる。そうすると、ウエルが設定した担保権が実行され、本件株式が担保流れになったとしても、そのことから本件株式の譲渡による収入金額が生ずるものではなく、原告において収入金額の回収不能ということもあり得ないことになる。したがって、そもそも所得税法六四条一項の適用はない。

(三) 次に、所得税法六四条二項は、保証債務を履行するため譲渡所得の基因となる資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使不能の金額に対応する部分の金額(不動産所得、事業所得又は、山林所得の金額の計算上必要経費に算入されている金額を除く。)を譲渡所得の金額の計算上なかったものとみなすと規定し、同法一五二条は後続の年分において右回収不能の金額が生じた場合に更正の請求を認めるものである。

しかし、本件株式をウエルに提供した行為の法的性質は前項のとおりであるから、右同様の理由により、そもそも、原告は、担保流れにより、直ちにウエルに対し、求償権を取得するということはない。

また、仮に、原告がウエルの倒産により求償権の行使ができなくなったとしても、それは原告の主張によれば、昭和五五年中のことであり、なお、前記認定によれば、ウエルは昭和五六年二月五日に破産宣告を受けたから、ウエルの株式は無価値となり、同日、原告のウエルに対する求償権の行使が不能になったともいえる。そうすると、右のころが所得税法一五二条の「当該事実が生じた日」となり、原告が右事実に基づき更正請求するには、いずれにせよ、その翌日から二月以内でなければならない。ところが、原告が本件更正請求をしたのは、昭和六三年一二月二六日であるから、いずれも期間を徒過したおり、不適法である。

なお、この点について、原告は本件和解により、特定物である本件株式(ウエル株八〇万株)の売買が解除され、遡って原告がその所有者となったもので、本件和解成立日以後、初めて原告は、右求償権の行使が可能となったから、右期限を徒過していないとも主張する。

しかし、前記認定のとおり、原告は、本件売買により、本件株式の株券を鶴屋商事に引き渡すべき義務を負っていたのであるから、ウエルの倒産ないし、破産当時、担保提供者として右求償権を行使することが可能であったと認められる。

原告の右主張は理由がない。

(五) なお、原告は、所得税法五一条二項は、雑所得の金額の計算にも適用されるべきであると主張するが、所得税法五一条二項は、不動産所得、事業所得又は山林所得に係る必要経費の規定であり、これを雑所得に係る必要経費に適用する明文上の根拠はない。

また、原告主張の行為が広義の事業に該当するとしても、原告の主張する事業は、原告とは別人格の流通卸センターの経営のこと(原告が、係争年度において、所得税法に規定する事業所得を生ずべき事業を行っているとの的確な証拠はない。)であるから、ウエルに対する保証債務の求償権の行使が不能であっても、所得税法五一条二項の適用はない。

(六) 所得税法五一条四項は、雑所得を生ずべき業務の用に供され又は雑所得の基因となる資産の損失がある場合、右資産の損失の額をその損失の額の生じた日の属する年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入すると規定している。しかしながら、本件において、原告が本件株式を無償でウエルに提供したことと、原告が鶴屋商事に譲渡した一三六万株を引き渡すこととは別個の無関係な行為である。しかも、前記のとおり、無償での株式の提供行為は、消費貸借又は消費寄託と解され、経済的合理性に基づくものではないから、これをもって雑所得を生ずべき業務に係るものということもできない。

(七) 所得税法三七条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)は、その年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、総収入金額に係る売上原価その他総収入金額を得るために直接要した額及び雑所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする旨を規定している。しかし、前述のとおり、本件遅延損害金は、原告が鶴屋商事に譲渡したウエル株五六万株(一三六万株から八〇万株を控除したもの)の譲渡に直接要した費用ではなく、本件和解により新たに生じた債務であるから、本件遅延損害金は右の必要経費ではなく、昭和五五年分の原告の雑所得から控除されることはない。

また、本件遅延損害金は、本件和解の成立時点(昭和六三年一一月二八日)において支払義務が確定したのであるから、所得税法三七条一項に該当ぜず、昭和五五年分の原告の雑所得の計算上必要経費に算入することはできない。

4  以上によれば、原告の昭和五五年分の所得金額は、別表5の「第三次更正処分」欄記載のとおりとなるから、これを前提とする被告の本件更正処分は適法であり、本件拒否処分には理由がある。

四  右によれば、原告の本件訴えのうち、本件変更決定及び昭和五九年三月一三日付けでした昭和五五年度分所得税に係る過少申告加算税の賦課決定の取消しを求める部分は、不適法であるからこれを却下し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 秋武憲一 裁判官 今井弘晃)

別表1

<省略>

別表2

<省略>

別表3

<省略>

別表4

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表5

原告の昭和55年分の所得金額の内訳

<省略>

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